マレーシア食い倒れ (No.1 チャイナタウン、安宿「楽安」の下の粥麺屋台)



2010年のハリラヤ・プアサ(断食明け)休暇三連休の中日、運動不足を解消しようと、暫くご無沙汰していた長距離散歩を再開して、遥々アンパン(Ampang)地区から、チャイナタウンまで徒歩で遠征して来た。 今年の日本の夏ほどは暑くはないだろうが、やはり、ここは赤道に近い。 油断をすると熱中症になるので、水分補給や、休憩を小マメにとりながら歩いていたら、かなりの長距離ではあるが、意外と簡単に到着してしまった。 折角、チャイナタウンまで来たのだからと、腹も減っているし、久しぶりに“お気に入り”の食いもの屋にでも寄って行こうと思い立って寄った処が、今回紹介する店だ。 場所は、下の写真のすぐ近く、Jalan PetalingとJalan Sultanの交差する角の、 楽安旅社(Hotel Lok Ann)という、「これをホテルと呼ぶか?」と、 目を疑ってしまうような、しょぼくれた薄汚い安宿の地階にある、ローカル・コーヒーショップの中の、屋台のひとつがそれだ。 屋台に正式な店としての名前があるかは不明だが、ここで、「チキン・コンジー(鶏粥)が食べたい!」と言えば、間違いなく見つかる筈だ。


実は、この屋台は、マレーシアに来る前から、ある本(トラベルジャーナル社出版の『マレーシアかれいどすこおぷ』)で見て知っていた。 初めて来たのは、KLに移住下見旅行に来た1998年。 観光客として、この中国人ばかりの薄暗いローカルコーヒーショップに入るのは、とても勇気が必要だった。 拙い英語でオーダーした中華粥(鶏粥)は激安で、且つ、味は絶品であった。 遥か遠くの東京から来て、この小さな屋台に辿りつけた喜びとともに、その値段と味に、家族で大満足した記憶は今でも忘れられない。 爾来、マレーシア移住した直後は、ちょくちょく顔を出していたのだが、最近は、二年前に研修で来た大学生達を、案内したのが最後となっていた。


店先で、おばさんに、「チキン・イーミー・スープひとつ、ネ!」と、右手人差し指で告げ、12年前と、まったく変わらない薄汚い店内に入る。 休日の午後ということもあり、店内には競馬好きな中国系の爺さん達が、茶を飲みながらマッタリと席を占拠している。 「日本人的には、かなりアウェーだな・・・」などと、呟きつつも、爺さん達の中で、最も性格が温厚そうな人に相席をお願いした(つ~か、勝手に座った)。 別途注文した常温ギネスビールに、氷をもらって入れて飲んでいると、おばさんがチキン・イーミー・スープを持って来た。 腹ペコなので、カネを払って早速食べようとすると、「Long time no see (久しぶりじゃない)!!」と、おばさんが言うではないか。 家族の荷物を紛失して、かなりアウェーな気分だったラオスの空港で、NHKニュースを観たときよりも嬉しかったので、 ギネスの小瓶を、後でもう一本オーダーしてまったのは言うまでもない。


肝心の料理について書いておこう。 この屋台は、なんといってもチキンがメインで、ほんのり甘いチキンの出汁と、予想以上に多く盛られた、やわらかい鶏肉がウリだ。 上の写真は、今回オーダーしたチキン・イーミー・スープ(正式名は不明)だ。 なにを隠そう、私がこの屋台に来てオーダーする7割は、この鶏汁の伊麺なのだ。 一口食べて、「ん?、どこかで食べたことのある、懐かしい味だな」と、感じる方は私と同年輩かも知れない。 それもその筈、この味は、私の生まれる一年前にデビューした、『すぐおいしい、すごくおいしい』で、有名な“日清チキンラーメン”の豪華版なのだ。 チキンラーメンと言えば、個人的には、魚肉ソーセージ、のりたまフリカケ等と並び、チープだが忘れられない、子供時代の味のひとつでもある。 しっかりとした鶏の旨味に、そんな懐かしさという調味料も加わり、イーミー(伊麺:油で揚げた麺)の歯触りを楽しんだ後は、とき卵状態になったスープまで全部たいらげてしまうのである。


7割方、鶏汁伊麺をオーダーするのはヨシとして、では、残りの3割は何を食べるていのか? もちろん、それは、この屋台のハイライトである“鶏粥”しかない。 鶏ガラスープで、鶏肉と一緒に生米をコトコトと煮込んで出来た粥に、生姜や中国醤油、そして胡椒などの隠し味を加えて、更にネギを添える。 原価にしてみれば、20円もしないであろう、この普通の素材達が奏でるエコノミーなハーモニーを侮ってはいけない。 前夜に、脂っこい中華料理を食べ過ぎてしまった朝でも旨いし、二日酔いで水分が不足している頭にも心地よい。 粥といっても、日本のプレーンなそれではなく、鶏肉もたっぷり入っているし、味がしっかりしているので、脳の味覚満足中枢もちゃんと納得してくれるのだ。

マレーシアでは、日々新しい屋台が、ホーカーズやローカル・コーヒーショップに出店され、そして、かなりの数のそれが、日々廃業や移転を余儀なくされている。 理由は簡単、“不味い”からである。 マレーシア人は、食に関しては、とにかくゲンキン。 味が悪い店は、開店ご祝儀相場が過ぎると、即刻レッドカードなのだ。 今回紹介したのは、そんな浮き沈みが激しく、入れ換わりの頻繁な、食品屋台業界シーンで、少なくとも12年は同じ場所で、同じ味を提供している、所謂“老舗屋台”である。 私を信用して、是非、一度お試しあれ!


≪追伸≫
おばさんだけ写真を掲載すると、主人であるオヤジが嫉妬すると思いながらも、「写真がね~な~」と、呟いていたら、 ナント、末娘が以前に、インターの授業でチャイナタウンを撮ったものの中にあるという。 それも、アナログカメラで撮影して、現像まで自分たちでやったバージョンらしい。 ちょっと、カラー写真とのバランスが悪いが、夫婦の公平を期すために載せておこう。 モノクロ写真だからといって、これは数十年前に撮影された遺影だ、などとは、くれぐれも、間違えないでもらいたい(笑)。 しかし、完全に余談だが、私は日本で、このオヤジに瓜二つの日本人を二人も知っているのだ。 そして今、この写真をよく見ていたら、加藤和彦を三人目に追加したくなってしまった。

(文:前川利博、写真:Shingo & 前川幾美)

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