№30. 中年ビーチボーイ達の憂鬱〔前編〕


地元では“ピナン”と発音するが日本でも観光地として有名なペナン島に行って来た。実は3年以上もマレーシアに住んでいてペナンに行くのは今回が初めてだ。ペナンには日系企業も多く毎週のように知り合いのうちの誰かが出張で訪れているほどマレーシアで働く日本人ビジネスパースンにとってはお馴染みの島なのだ。しかし、今回のペナン行きはビジネスではなく観光ともちょっと違う、そう、前回のシンガポール遠征(第26&27話)に引き続きまたまた我愛するブルーズバンドDeep South Blues Band(DSBB)の演奏旅行だったのだ。KL近郊在住の現地駐在員で結成され現在のメンバー(9名)となってから約2年間、ライブハウス出演、パーティーでの演奏、海外遠征等色々な活動をしてきた。しかし、最近になって主役のボーカリストとプロデューサ役のオルガン奏者の帰国が決まり、今夏以降の活動停止を余儀なくされてしまった為、「最後はパァ~っと行こう!」というわけでリーダーの企画でペナンのバツーフェリンギというビーチにある高級リゾートホテルに家族連れで泊まりビーチリゾートを満喫しながら9人(自称“ご~るでんナイン”)最後のライブコンサートをすることになったのだ。週末の夜KLを出発して日曜の夕方に戻るというきわめて日本的なスケジュール。メンバー全員の予定も奇跡的に都合がつきオジサン達の熱い旅が再び始まった。


“コンサートをすることになった。”などと偉そうに書いたが、そこに至る迄を説明しよう。前回のシンガポール遠征の時も「演奏だけではなく、ゆったりと高級なホテルでリッチな旅行気分を味わいたい。」と思っていたのだが、国境超えや会場とホテルの移動などでまったくと言って良い程ノンビリする時間がなく、それはそれで大変楽しい旅だったが家族も一緒に連れて行き楽しむには少々無理のある旅行だった。その反省も踏まえて今回は“マレーシア国内で会場は宿泊場所のホテル近く、ホテルの前にビーチは必須で個人的に顔が利くところ”という高い目標を設定したリーダーが白羽の矢を立てたのがシャングリラ系の“ゴールデンサンズリゾート”という高級ホテルだった。通常なら高級ホテル相手に「アマチュアバンドなんですけど、ライブやらせてくれますか?」などといったリクエストは門前払いの筈なのだが、我バンドの名がペナンまで轟いているのか、はたまた、このホテルの日本人マネージャーが肝っ玉の据わった人なのか、デモテープも聴かないまま“OK”が出されてしまったのだ。事が決定してからは「参加者はメンバーの家族も入れて25人位なので貸切バスで飲みながら行こう!」、「バスでの弁当はどこで頼もうか?」、「極楽寺とペナンヒルは観たいな~」、「パラセイリングは絶対やるぞ!」などと遊びの部分ばかりで盛り上がっていたが、ライブ3週間前くらいにコリアンタウンに集まり皆で焼肉を食べているときにリーダーから「当日はビーチにドカッと特設ステージを作る予定で、フライヤー(前宣伝)も葉書やポスター等かなり出しているらしい」との情報が入り、それまで“ライブ”に関してはは半信半疑だったメンバー達も「こりゃちょっと真面目に練習しなきゃダメだぞ。」と気を引き締めるのだった。その後は、ステージ構成を考え、ソロ順を確認し、ワールドカップを気にしつつも練習スタジオに5回も入り音をタイトに整えていった。並行して集客の為に地元の日本語誌にコネのあるピアノ奏者が宣伝文を考え載せてもらったり、万全とまでは行かないまでもやるべき事は一応やって当日に備えた。


出発日の金曜夜、我家からは私と妻、長男そして次女の4人で第1集合場所の日航ホテル横に向った。チャーターした貸切の大型バスは来ていたがガイド(マレーシアでは法律でガイドは必須らしい)が未だ他の仕事から帰って来てなく暫く待たされた。が、たいしたロスも無く標準的マレータイムの遅れ程度で次の集合地点へと出発した。バスは渋滞するKL市街地を強引に抜けて“予定通り”30分弱程度遅れて第2(最終)集合場所のコンドミニアム前に到着した。楽器や荷物を車体の腹に詰め込み、今夜の夕食用にこのコンドミニアムのレストランで調達した弁当を積んで、さあ出発だ。別途自家用車等で移動するメンバー2人とその家族を除き我々約20名とドライバー、ガイド、そして何故か実家がペナンだからと便乗して来たドライバーの妻と娘を含め総勢24~25名を乗せてバスは一路ペナン島へと向って走り出した。最後列にはバス会社の社長さんから贈られた山のような缶ビールがクーラーボックスで冷やされている。しかし、このバスはトイレが付いていないのであまり調子に乗ってガブ飲みするわけにはいかない。“バス、トイレ付き”を期待していた私はちょっとがっかりしたが、とりあえず大揺れの後部座席で弁当を広げ一缶目のビールを開けた。一缶目を飲み終える頃には既に車内は移動式宴会場と化していた。SAX奏者の持ち込んだオリジナル刻み胡瓜入りジンロが皆に振舞われたあたりから、アコースティックギター、マラカス、縦笛、ピアニカ、トライアングル、ハーモニカ等々登場してアンプラグド演奏会になってしまった。レパートリーは勿論のこと昔のフォークソングあり歌謡曲ありオルガン奏者の爆笑モノマネありの盛り沢山。楽器を仕舞った後もCDに合わせてベースマンが自慢の渋いノドを披露したり、大声でのバカ話など騒音はずっと続いていた。実家のペナンまでゆっくり寝て帰ろうと目論んでいたドライバーの妻と娘さんには申し訳ないとは思ったが、客はこっちの方なので好き勝手に騒がせてもらった。小さな子供がいる為に自家用車で既にホテルに到着しているピアノ奏者から興奮気味に「結構大きな特設ステージが造られていて、ポスターとかも貼ってあるし、それに予約が250件も入っているとチェックインのとき聞いたぞ!」との電話連絡があったが、この時点では酒もまわりいつもの高飛車モードになっている者が多かったので「へぇ~、やる気出るな~!」ってなもんだった。途中、タパとタイピンだったか二箇所のサービスエリアでの休憩をはさみペナンの大橋が見えて来た頃はもう深夜をまわっていた。橋を渡り切り曲がりくねったイロハ坂のような道路を過ぎると、そこは今回のライブ会場であり宿泊場所でもある“ゴールデンサンズリゾート”だった。チェックインし中で繋がった2部屋に家族で落ち着くと既にAM2:00前。飛行機移動の最年少メンバーハープ君の消息が気になったが、仕事の疲れとバスでの騒ぎ過ぎの反動がどっと出てしまいシャワーを浴びて即ベットに直行してしまった。


気が付くと翌朝になっていた。今日は演奏する日だというのに昨夜の“胡瓜ジンロ”とビールのチャンポンのせいか寝覚めは決して良いものではなかった。我一家と数人の希望者でミニバスをチャーターして極楽寺とペナンヒル観光に一緒に行く約束を即断で反故にして朝食の後もうちょっと寝ることにした。ホテルの朝食はお決まりのビュッフェスタイルで一応種類はそこそこあるのだけど体調がイマイチだったのであまり食べずに部屋へ戻って来てしまった。(仲間うちではロティ・チャナイに批判が集中していたようだが...)家族が観光に出掛けた後部屋を“Don't disturb”状態にして暫く寝てしまった。目覚めてからはホテルのプライベートビーチをブラブラして時間を潰した。小さな子供のいる仲間達はプールで遊ばせたり日光浴をしたりしてそれぞれリラックスして楽しんでいる。私も何をするわけでもなくはしゃぎ回る子供達や海の向こうをただボーと眺めていた。私より一つ年上でやはり望んでこの地に来たドラマー氏と「日本に住んでいると気軽にこんな所来れないよね、我々はリゾート地に住んでいるようなもんだな~。」などと自らの決断を肯定しあっては互いに悦に入っていた。ビーチの端に作られた特設ステージをチェックしたくなったので砂浜を歩いて行ってみた。途中、4~5人のビーチボーイに「ジェットスキーやらない?」、「パラセイリング安いよ!どう?」などと綺麗な発音の日本語で話かけられたが「金が無い!」と言って追い返した。会場は横断幕のようなもので囲まれていて一応会場と外を区別しているようだがちょっと背伸びをすれば外からでも覗けた。そこはビーチサイドにある“Sigi's by the Sea”というビストロバーのオープンエアー部分から砂浜にかけて今回のために特別に造られていた。ステージは結構広く背後には大きな布のバナーに『Deep South “Japanese” Blues Band』と書かれている。アンプの種類を遠目にチェックしている時さっきのビーチボーイの一人が人懐っこく寄ってきて「今夜はゴキゲンなバンドが出るんだぜ!知ってるか?」と言われてしまった。「そりゃ知ってるよ、だって俺出るんだもん!」と私。「お~そうか、で、どんな音楽やるんだい?」と彼。どうして聴いたこともないのに“ゴキゲンなバンド”なんて言えるのかは深く追求せず「ブルーズだよブルーズ。じゃ、夜見に来てくれよな、バイバイ!」と言って「エリック・クラプトン最高、イェー!」などと言っているビーチボーイを背にビストロバーの入り口へ行ってみることにした。エントランスにはSAXプレーヤーのイラストが描かれたJAZZっぽいイメージポスターが貼ってあり「Sigi's Goes R & B International Barbecue & Buffet Dinner RM60.00 nett per person」と書かれていた。ひと目見た時は“ノーギャラのバンドで入場料取るか?”と不信感を抱いたが再度読み直してみて 、そのとき初めて『我々は“ディナーショウ”に出演するのだ。それも値段がRM60(因みに現地では一食RM3以下で食べられる)と高価で、しかも単独出演...(汗)。』と気付いたのだった。我々は食事をしながら上品に聴くようなバンドではないし結構音も大きい。客を煽っても“シーン”と反応が無かったら寂しいし、まして「ウルサイ!」などと言われたらに傷付いてしまう。「今回がこのメンバーの最後を飾るのにふさわしい機会だったのか?」砂浜から冷房の効き過ぎた部屋に引き返しながら今夜のことを考えるとちょっと憂鬱になってしまった。


(№30. 中年ビーチボーイ達の憂鬱〔前編〕 おわり)

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