№78. Good Bye XP


たまには仕事関係の話も書いてみようと思う。 来年(2014年)4月に迫った、Microsoftのオペレーティングシステム、Windows XPのサポート切れ問題(以下「XP問題」)だ。 最近、既存顧客や潜在顧客の方々に、この「XP問題」に関して同じ説明をすることが多い。 というのも、マレーシアのSME(Small and medium-sized enterprises)企業では、未だにXPがガンガンに動いている場合が多いからだ。 別に、説明を依頼されたワケでもなく、当然、お金を貰って説明しているワケでもない。 単なるIT業界人の端くれとして、機会がある度に「警告」を発しているだけのハナシだ。 ただ、この「XP問題」、対応期限が一年を切った今でも、当地では、未だに「ピンと来ない」と言われる経営者の方も多い。 私としても、こういった説明することが、ちょっと億劫になり、且つ、不毛だとも思い始めてきた。 しかし「億劫だ、不毛だ」で、問題を投げてしまうのも、人格を疑われてしまい、当地でのビジネスにも支障が出てしまう。 なので、たまには、このコラムを仕事に利用して、言いたいことを明確に書き記しておこうと思う。


この「XP問題」、お金を出せば解決する部分は、ある意味では問題ないのだが、私が心配なのは、時間が無いと解決出来ない部分があることが、なかなか理解されていないことだ。 おそらくIT業界では「XP問題」をビジネスチャンスととらえているだろうが、後述するアプリケーションの互換性問題など「時間が無いと解決出来ない部分」については、 今後は、無視して行かざるを得ない時期に入って来たと言えるであろう。 IT業界としては、お客様に対してかなり傲慢な考え方だが、これは「ユーザの切り捨て」である。 傾向としてだが、現在もXPを大量に使っているユーザは、長年IT投資を控えて来た企業が多く、IT専任のスタッフが居ない場合が多いのである。 そしてトップマネージメントの方々は、「ITはよく分からん、兼務だが、ローカルの○○君に任せてある」と、 「コンピュータ好き」というだけで、特にシステム的思考を得意とするワケでもない、若い事務系スタッフ君を指名し、「全てお任せ」なんてことが珍しくないのだ。 しかし、2000年代に入り、ITの進歩は「ドッグイヤー」ではなく「マウスイヤー」である。 犬は人間の7倍の速さで成長するが、ネズミは人間の18倍の速度で成長する。 まさに「日進月歩」ならぬ「分進秒歩」。 この間にIT投資を控えて来た企業が、「XP問題」を機に直面する問題は、たんなるセキュリティのサポートが無くなるだけの問題だけではないのである。


2001年にリリースされたXPが、ビジネスでここまで長く使われて来たのは、XPの次のバージョンである「ビスタ」に移行するにはPCの買い替えが発生するという現実もあるが、 それ以上に、「事務系のビジネスユースであれば、もうこれで充分なんじゃないの?」という現場サイドの実感が大きいのではないかと思う。 誤解を恐れずに言ってしまうと、殆どの一般的なビジネスユーザは、メーラーとExcelなどのOffice製品と、Acrobatなどのビューワー、そしてインターネットが閲覧できるブラウザがあれば、事足りる筈である。 そして長い期間XPに親しんだユーザーにとっては、新しいOSのインターフェイス(画面)は、慣れていないこともあり「美しいのだろうが、ちょっと分かり辛い」、「今更新しいモノに対応するのは面倒」と、 「ビスタ」よりもっと新しい「Windows 7」を購入しても、ダウングレード権を行使して、XPに戻してしまったユーザも多かったほど、XPは顧客満足度が高かった。 そんな状態が10数年も続いていて、且つ、その間インターネットが大ブレイクしたので、処理上の負荷が、端末PCから回線やサーバへ移っていき、XPマシンの寿命を更に延ばすことになったのだ。


では、XPのサポートが終了する2014年4月8日(日本では2014年4月9日)以降にXPは使えないのだろうか? 誤解している人が居たらマズイので、明確にしておくが、サポートがなくたって、今まで通り問題なく使える。 ただし、セキュリティ更新プログラムが配布されなくなるので、マルウェアや不正アクセスなど、新たなセキュリティーホールが見つかったとしても 「もう対応しませんよ」というだけだ。まあ個人のPCであれば自己責任で継続使用するのもありだろう。 しかし、企業のPCとなると二つの観点からリスクは大きいと思う。 ひとつは、内部統制上の問題だ。 「今後はヤバイかも知れませんよ!」と公に警告されているリスクを放置しておくことは管理上マズイ。 そして、万一、放置が原因で、何か重大な事故(情報漏洩など)でも発生させてしまった日には、IT管理者の立場は相当ヤバい筈である。 二つ目は、事業継続計画(Business continuity planning、BCP)上の問題だ。 もし仮に、私が愉快犯のクラッカー(ハッカーではない)であり、既にXPの致命的なセキュリティーホールを見付けていたとする。 そんな場合は、間違いなくサポート切れの日まで待ってから攻撃を開始するだろう。 不安を煽るワケではないが、世界中のクラッカー達がその日を虎視眈々と待ち続けている可能性を、誰が否定できるであろうか。 現代では、PCが使えなくなる、いや、メールが長時間送受信出来なくなるだけで、事業継続に重大な支障を来すことであろう。 まして、今後の生産計画が立たない、今日の出荷指示が出せない、などとなれば、企業内外への影響は計り知れない。 たかがPCのOSサポート切れの問題ではあるが、IT管理者にとって、放置はもはや「不作為の罪」の領域となってしまうであろう。


更なる問題点が有る。 それは、単純にXP使用を止めて、上位のOS(Windows 7 や Windows 8)に移行した場合、業務アプリケーション(生産管理や在庫管理等々)ソフトが動かなくなる問題だ。 専門的になるが、企業のアプリケーションプログラムの実装方法は、ラフに分類すると、以下の二つになるので、違いを理解してほしい。 ひとつは[Web(インターネット/イントラネット)方式]、もう一つは[CSS(クライアント・サーバ・システム)方式]だ。 [Web方式]は、日頃使っているインターネットと原理は同じで、自分のPCにはブラウザ(IE,Safari,Chrome,Firefox等)だけあれば使えるシステムだ。 必要なデータベースや処理プログラムはサーバー側にあり、大雑把に言うと端末を選ばない。 なので、XPのPCがヤバイのなら、Windows 8のマシンを買って来て、ネットワークに接続させれば、それでOKなのだ。 問題なのは、[CSS方式]の業務ソフトを未だにメインとして使用している会社だ。 この方式は1990年代半ば、未だサーバやPCがパワー不足であったころに全盛であった分散処理の考え方だ。 各端末PCに処理プログラム、そして、サーバー側にデータベースを配置し、処理を分け合うことで、パワー不足を補い、 且つ、端末側のプログラムでユーザーフレンドリーなインターフェイスを提供するという、当時は「夢の技術」であった。 しかし、プログラム配布の煩雑さと、サーバハードのパワー向上、そして、インターネットの台頭とその技術応用の進化で、瞬く間に陳腐化してしまう。 「夢の技術」CSS教の伝道師であったIT部門のリーダー達は、僅か数年でWeb教へと改宗を迫られたのだった。 当時、ユーザ部門に高額な投資を促してきたIT部門は吊るし上げを食らい、「ゲイツと日経コンピュータにハメられた」と臍を噛んだのであった。 陳腐化した[CSS方式]のプログラムはじょじょに姿を消してゆくが、Windowsが2000からXPに変化しても作動するものが多く、IT投資に積極的ではない企業では、 「じゃ、とりあえず、このまま移行して使おう」と、盛りが過ぎてフォローする技術者が少なくなった今でも、継続使用しているケースがあるのだ。 この[CSS方式]のプログラム君達が、XPから上位OSへ無理矢理移行させられると、皆、一斉にストライキをおこすの可能性が大きいのである。 そして、そのストライキを沈静化出来る人材が非常に少ない、そのリスクに気付いていない会社が多々あることが最大の問題なのだ。


ユーザの立場から「XP問題」を簡単に分類すると、大きく分けて以下の二つだ。 「第一の問題」は、新しいOSを実業務でサクサク運用するためには、性能の良い新PC等への新たな投資が必要になること。 つまりは、利益を生まない、単なるセキュリティー対策の為に、追加のカネがかかるというワケだ。 「第二の問題」は、カネをかけて新しいOSを導入したとしても、前述のように「自社の業務アプリケーションソフトが動かない場合がある」という厄介な問題だ。 そして、二つ目の問題点に直面している筈の企業ほど、問題点を把握していないのである(というか、把握しなきゃイケナイ担当者が居ない場合があるのだ)。


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打開策のハナシに入ろう。 まずは、「第一の問題」から。 「そもそも論」ではあるが、本当にWindowsを使い続けていて良いのだろうか。 Microsoft社やIT業界の都合で、厳しい経営環境の会社が、莫大な投資を強いられるなんて状態を、いつまでも許容していて良いのであろうか。 マレーシアのSME企業でも、PCを数十台運用している会社は珍しくない。 長年IT投資を控えて来たツケとはいえ、全て最新にするにはかなりの資金が必要だし、PC自体もまだ廃棄するレベルではない。 いっそのこと、逆にWindowsを捨ててしまってはどうであろうか。 私も、昨年後半から、長年使ったWindowsのPCを引退させMacに乗り換えたが、使用するアプリケーションも少ないためか、何不自由なくビジネスに使用している。 もちろん、最新の高価なMacBookなので、便利なのは当然なのだが、別にWindowsを使わなくたって仕事は出来るということだ。 もし、仮に、私に課せられた条件が「既存のPCハードを利用して、XPではないOSを使い、極力安価に現行業務を継続出来るもの」ということであれば、 迷うことなく無料のOpen Source Software(OSS)のLinuxなどを検討するだろう。 メールとExcelぐらいしか使わないユーザであれば、多少、制約を見極める必要はあるが、実務に支障をきたすことはないであろう。 ここで詳しくは書かないが、表計算やワープロのオフィス系ソフトも無料で揃うOpen Source Softwareを検討しない手はない。 もし「Open Source使用は、日本の本社が許さない」とか「Open Sourceは、誰が保証してくれるのだ?」などといった保身論議が出てくるようであれば、 おカネを出してWindowsを使い続けた方が良い。 ただし、先端技術を駆使した、元気の良いネット系企業のソフトウェアインフラは、ほぼOpen Source Softwareに支えられていてるということは、知っておいても損は無いだろう。


「第二の問題」の解決には、若干の知恵と決断力が必要だ。 業務プログラムが[CSS(クライアント・サーバ・システム)方式]である限り、PCのWidowsをアップグレードする都度、互換性の壁にブチ当たる。 もし、ある程度の規模のある企業で、未だ基幹システムが[CSS方式]である場合、「XP問題」は、この過去の負の遺産を払拭する良い機会と前向きにとらえた方が健全だ。 おそらく、現在、マレーシアでこの方式で運用されている業務システムは、古くドキュメントもなく、且つ、あまり大きいものではないと思われる。 そして、離職率の高いマレーシアでは、開発時の実情を知っていて、簡単にメンテナンスが出来る担当者も居ないことが多い。 自社内では、「基幹システム」という位置づけがされているがため、「なにやら巨大で複雑なシステム」と誤解されているケースは少なくない。 「複雑だから」と、思考停止してしまっている場合でも、実際、紐解いてみると、機能の一部しか使われていないなんてことはよくあることだ。 こんな場合は、早いうちに、既存システムの利用している部分だけを洗い出し、ドキュメント化を徹底したうえで、Open Source Softwareで[Web方式]に移行してしまった方がよい。 自社開発であれば、あとで利用者が何人増加しようが、追加ライセンス料金は発生しないし、[Web方式]であるから端末PCの種類も選ばない。 そして、[Web方式]であるからこそ、社外や日本本社からの利用なども簡単な仕組みなのだ。 逆転の発想で、「XP問題」を、自分たちが利用しやすい業務システムを再構築するトリガーと出来る会社は、なかなか手強いと言える。


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まあ、いくら上記のような心配をしたところで、危機は杞憂に終わる可能性は大いにある。 正直なところ、マレーシアのSME企業では、「XP問題」に対しては積極的なアプローチは採られずに時間が過ぎてゆくと思っている。 そして、最終版XPに特別なセキュリティー上の問題が無い場合は、「第一の問題」はハードウェアの寿命とともに時間が解決してゆくだろう。 でも、ここで安心してはイケナイ、「第一の問題」の解決と同時に「第二の問題」が表面化するのだ。 ただ、そうなる頃には、社内では「そろそろ、システムも老朽化が激しいので、全面的に刷新しよう」という機運が高まっている。 「システム全面刷新で、積年の悩み事を解消だ」と希望が見えたとたんに、大手ERPベンダーから、目の玉が飛び出るほどの見積書をもらい途方に暮れる。。。 ITとは、知恵を絞れば節約にも武器にもなるが、利用者が思考停止してしまえば、腹を空かせた大食いの「金食い虫」なのである。


反対に、危機が杞憂で終わらない場合は。。。私はもう知りません。(苦笑)


(№78. Good Bye XP おわり)


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