№79. 子育て卒業イギリス旅行記(1)


機体が傾き、マレーシア航空(MAS)MH004便が、ヒースロー空港への着陸体勢に入ったとき、長時間のフライトにもかかわらず「思ったより早かったな」と、隣の席の妻につぶやいていた。 機内では、ワイン片手に、映画を立て続けに観るしかなかったが、普段は、「まとまった時間を確実に取られるのが嫌だ」と敬遠がちな娯楽映画に、予想以上のヒマつぶし効果があると思わぬ再発見だ。 最近は、経費節減のためAirAsia慣れしてしまっていたので、MASのエコノミー座席や、ささやかな機内サービスですら豪華に感じてしまう自分が恥ずかしが、 まあ、出発前から憂鬱であったKL-London間の13時間弱と長いフライトを、あっさりとクリアー出来たのは非常に幸先がイイと言えよう。


日頃、海外からWebで情報発信などしていると、海外旅行慣れした「国際派」みたいなイメージで思われていたりするが、何を隠そう、これが夫婦揃っての初ヨーロッパ。 イギリスの大学で学んでいた末娘の卒業式への参加と、イギリス3カ所(ロンドン、ダラム[Durham]、湖水地方[Lake District])の観光を兼ねた、夫婦(途中から末娘が合流)10日間の旅行だ。 それも、今回は、結婚30周年のお祝いにと、子供達3人からのプレゼントされ、且つ、末娘が3年間暮らしたイギリスを案内するという、親としては、何よりも感慨深い「フリーパックツアー」なのだ。 末娘の卒業式といえば、我々夫婦、3人の子育てもこれで完了。 父親としては大したこともせずに終わってしまった感もあるが、とりあえず、無事にここまで辿り着いた幸運に感謝し、子育てで一方的に苦労をかけた妻の慰労の意味も込めて、 長女の「(旅中はママの好きにさせてあげて)絶対ケンカするな」の指令を遵守すべく、ヘイズ(煙害)のKLを旅立ったのだった。


この紀行文の予備知識として、前川家の旅行スタイルにも触れておこう。 旅行スタイルと言っても、出張などではなく、遊びで行く観光旅行についてだ。 非日常である旅行に求めるものは人それぞれ違うが、非日常であるがために、趣向も日常生活とは チト違った様相を呈するものだ。 私は、(私の音楽仲間などは意外に思うかも知れないが)どちらかと云えば、細かい事前リサーチはあまりせず、街をブラブラ歩き回るのが好きだ。 行った先々で旨そうなものを見つけたら食べ、疲れたらフラリとビールが飲めそうな店に入る。 夜ホテルに戻り、今日歩いて来た道を地図で確認し、明日は違うエリアを歩いてみようか、などと考えながら眠ってしまう。 そんな、行き当たりばったりのアドリブ型なので、できるだけ1ヶ所で、且つ、徒歩圏内に見所が詰まってるマンハッタンのような所が理想の観光地なのだ。

一方、妻は、(これも意外、と言っては怒られるか。。。)とても几帳面だ。 旅行が決まれば、ガイドブックやネットでリサーチを開始し、どこで何を観て、何を食べ、何をする、と、細かく候補を挙げて行く。 美術館があれば絵画の本を買い予備知識を仕入れ、音楽の聖地であればオススメCDを聴く。 地図はラインマーカーで染まり、予定表は刻々と埋まって行く。 家族の中では通称「ガイドブッカー」と呼ばれ恐れられていているが、 本人は、「私は何かキッカケがないと、興味が湧かないので、旅行が色々と知識を仕入れるキッカケなの」と、ひたすら事前勉強の日々なのだ。

こんな二人なので、旅先では衝突も多い。 「あの店(調査済み)で食べたい!」と、主張する妻に「どう見てもこっち(今見付けた店)の方が旨そうだ!」と私。 そもそも、それぞれが目的が違う「一神教」同士の会話なので、どちらかが折れるか、無視するしか解決策はない。 在住先のカナダから、この旅を遠隔モニターしている長女が「絶対にケンカしないでね!」と、シツコク私にメールしてくるのは、このことなのだと思っている。 さあ、そんな夫婦が10日間も、笑顔で旅を続けられるだろうか。

これは、まともに新婚旅行にもいってない夫婦の、子育て卒業旅行の備忘録である。


[1日目(2013.6.26)]
ヒースロー空港でイミグレの女性に「なんでUKに来た?」と、ぶっきらぼうに問われて、 「ダラム大学(Durham University)に留学している娘の卒業式のため」と答えると、入国カード(Landing Card)をチラリと見て、 「ダラムの卒業式なのに、なんでロンドンに泊まるのか?」と、聴き取り辛い英語で問い返されて、カチンときてしまった。 「もちろん観光もするからだ」と答えて納得してもらったが、さすがアルカイダのテロ対象国のイミグレは厳しい。 イギリスなんか、英語も、電源も、交通ルールも、ギネスビールの飲み方だって、みんなマレーシアと同じだから何も問題無いと、高を括っていたので、ちょっと気落ちしてしまった。 中でも、英語が正確に聴き取れないことと、アジア人に対する偏見が感じられる態度が、マレーシアでは味わったことがなかったので、観光に来て外貨を落としてあげる身の旅行者にとっては興醒めであった。 着陸の様子を機内TVで楽しんだ後、MASのキャビンクルーにJumpa Lagi(さようなら)と挨拶されたときの笑顔が、今となっては懐かしい。。。

イギリス大好き人間ズラしてイミグレに並んではいたが、実は、仕事の関係で、前の週まで「行けるかは五分五分」であったため、旅の事前調査は皆無だ。 もちろん、ダラムまで辿り着ければ、後は末娘がすべて仕切ってくれるし、食に関しては悪名高きイギリスなので、特に食べてみたいものも思いつかない。 更に、ガイドブックと、他人のブログと、Google Street Viewで、「完全武装」した妻の存在もあり、旅については何も心配していなかった。 そして、イザ「行ける」となり、留守中の業務対策もすべて済み、いつもの代行TAXI屋Laiさんに、明朝6:30のTaxiを手配し終わった出発前日、 仕事上の緊張感から一気に解放されたこともあり、自宅近くの日本食屋「楽膳」で、妻と出張中の日本人スタッフの太田君と、日本酒をシコタマ飲んでしまった。 KLIA(Kuala Lumpur International Airport)では、遅延しているフライトを待つ間もベンチでグッスリ。 それほど、初めて訪れるイギリスという国に対して緊張感はなかったのだが、イミグレの女性の態度で、一気に冷水を浴びせられてしまったカタチだ。


まあ、何はともあれ無事にイギリスに入国出来たので、とりあえず、ダラムに居る末娘にSMSして、無事到着したことを伝える。 問題はここから先だ。 出発前日までバタバタしていたので、これから、どう移動して、何処に行き、どういうプランで、何をするかが、詳細は全く不明なのだ。 私が把握しているのは、今夜ロンドンに1泊し、翌日ダラムに移動し末娘と合流し3泊、その後、湖水地方で2泊し、最後はロンドンに戻り3泊、これだけだ。 もし、ここで妻とはぐれてしまったら、土地勘もないし、現地通貨のポンドも持ってないので、かなりヤバイ。 「地下鉄(The London Underground)のピカデリーラインに乗り、King's Cross St.Pancrasというところ迄行く」という妻にも「うん」と、頷くしかない情けなさだ。 今後の計画はおろか、乗車券の購入も妻にお任せ状態であったが、係員に訊きながら、なんとか買えたようだ。 全てお任せパックツアーのお年寄り気分で、生まれて初めて乗ったthe Tube(地下鉄の愛称)の感想は、「皆、体がデカイ割には、車内がやけに狭い」だった。

空港駅(Heathrow Terminal 4)から、Hammersmithとか、Hyde Park Cornerとか、古いロックファンには胸が躍る名前の駅を通過し辿りついたKing's Cross St. Pancras駅は、色々な路線が乗り入れる主要駅であった。 既に夕方だったので、人混みをかき分けて駅を出て、近くの家庭的なホテル(The Crestfield Hotel)にチェックイン。 ホテルの部屋は狭く、ベッドも合宿所のような質素なものであったが、あしたの朝、近くの駅から末娘の住むダラムへ向かうために、今夜寝るだけの部屋なので我慢だ。 噂通り夏のロンドンは夜まで明るい。 明日の朝バタバタしないようにと、ネットで予約済みのチケットを発券しに、軽装でホテルを出て、近くのNational RailのKing's Cross駅へ行く。 チケットは機械で簡単にゲット出来たので、ちょっと気持ちに余裕が出て来た。 妻が、ここにはハリーポッターの「秘密の9と3/4番線」があると言う。 私はハリーポッターは読んでないのでピンとこないが、行ってみると、観光客が列をつくり、記念撮影の順番待ちをしていた。 ご丁寧にも、専任の記念写真補助要員がいて、映画の1シーンなのか、マフラーをなびかせてジャンプした写真を撮らせている。 そして、「秘密の9と3/4番線」の隣は、ハリーポッターグッズショップがあり、安くはない土産物を売っていた。 ハリポタビジネスにそそられない私は、何か面白いものはないかとキョロキョロしていると、近くに「The Parcel Yard Pub and Dinning Rooms」と、魅力的な表示があるではないか。 見た目もオープンなPubらしく、レンガの壁の前にテーブルが並んでいる。 早速、ハリーポッターに別れを告げ、中へ入り、ギネスビール1パイントをオーダーし妻とシェアーする。 ビールを注いでくれるお兄さん達は、アークティック・モンキーズ のボーカルみたいなプチイケメンなんだけど、周りを見ると、殆どが仕事帰りで、「電車待ちの時間に一杯」といった客ばかり。 それでも、イギリス初日から、パブの本場で黒ビールを飲めるのは正直嬉しい。 もし、私がフェイスブックでもやっていたら、「初めて本場イギリスのパブでギネスをキメてみました!」と、写真でもUPしたいところだが、 実態は、品川駅のニユートーキヨーで、夜を待ちきれずに、生ビール飲んでいるアル中気味のオッサンと、何も変わらないかも知れない。

このあと、夕食のレストランを探しついでに、市内を軽く観て歩いたが、夏だというのに陽が落ちた後の気温はかなり寒く、Tシャツ一枚ではとても耐えられない。 もっと風景写真を撮りたそうだった妻を説得し、売店で飲料水のみ買って、一旦ホテルに戻る。 慣れない寒さに震えながらベッドで毛布にくるまっていたら、時差ボケのせいか、そのまま寝入ってしまい、せっかくの初ロンドンの夜は、夕食もとらずに過ぎてしまったのだ。 まあ、先は長い、旅行は無理しないのがイチバンだ。

[追伸]
観光的には、駅舎に高い時計塔がある大聖堂のようなセントパンクラス駅(St Pancras station)は見物かもしれないが、 このコラムでは、「宮殿のようなヴィクトリア朝ネオ・ゴシック建築の。。。」なんて、ガイドブックみたいな記述をするつもりはないので、興味のあるひとはネットで詳細を調べてくだされ。


次回へとつづく。


(№79. 子育て卒業イギリス旅行記(1) おわり)


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