№113. 起業と「かわいげ」の相関図

少し前の話だが、大企業を50代半ばで退職し、その後起業した元顧客と一緒に事務所の近くのパブで酒を呑んだ。 その人の話によると、起業に際し、彼が前職で使っていた業者や、同業者の人達から多くの支援を取り付けているようだ。 潜在顧客の紹介だけでなく、出資や役務の提供まで、かなり恵まれた起業なので驚いてしまった。 おそらく一般的には、大手のサラリーマンが、現役時代の人脈を頼りに独立を目論んだとしても、退職届が受理されて 大手の肩書きがなくなる前提に立てば、昨日まで頭を下げていた下請けの担当者だって態度が変わってくるものだと思う。 リップサービスで「独立、応援してますよ!」と言ったとしても、「僕も出資しますよ!」と言う人は稀な筈だ。 失礼ながら元顧客のマネージャは、どちらかと言えば「なんでも自分で解決したいキレ者タイプ」というよりは、 「面倒なことはイヤなので、他者に依頼して任せられるならそっちが良い」といったタイプの印象だ。 別の言い方をすれば、「あの人なら独立してもきっと自分でバリバリ切り開いて行くだろう」というよりは、 「ねえ、ねえ、ちゃんと資金計画立ててあるの?出たとこ勝負でやってない?」と心配になってしまう感じだ(言い過ぎか?「元」とは云えお客様だぞ!!)。 起業のビジネスプランを訊く限りは、半年後に出資者が「おこぼれ頂戴確実!」といった夢のようなギャンブル性はゼロ。 簡単に言うと、自身の持つ専門性を活かす部分をベースロードに、他者の支援を受けながら、未知の領域にも少し足を突っ込むという、至ってって真っ当な、 別の言い方をすれば、山っ気のある出資者にとっては「面白みに欠ける」実業の計画であった。 しかし、なんでこの人は、皆から口先だけではない実質的な支援を得られるのだろう? ビジネスの世界で「刎頸の友」といった友人がそんなに多く居るとも思えないので、飄々とした顔で仲間の支援の話をする「元顧客」を見ながら、疑い半分、羨ましさ半分、考え込んでしまった。


自分だけ勝手に追加した白ワインのグラスが空になるころ、アルコールが脳内に眠っていた記憶の殻を溶かしたか、ふと思い付いた。 昔(20代の頃)読んだ、ドラッカーだったか、ルイス・ガースナーだったか、永守重信だったか忘れたが、組織での出世について言及していたインタビューがあった。 詳細は忘れたが「組織で出世する一番の要素は、経歴でも、実績でもなく、それは『かわいげ』である。」といった内容だった。 それを読んだ当時は若かったせいもあり、技術力やマネージメント能力が出世に一番影響があるものと、当たり前のように思っていたので、けっこうショッキングであった。 いくら仕事がデキても「かわいげ」がない奴は上司や顧客の知遇が得られず、結果的には、実力に劣るが「かわいげ」で出世した上司の下で、実行部隊としての役割を担うことになる。 当時は、著名人がこんな身も蓋も無いことを言うのかと憤慨もしたが、ビジネスパーソンの武器は所謂「実力」だけではないことを、若いなりに認識したのだった。


では、「かわいげ」ってなんだろう? おそらく明確に定義することは難しいだろうと思い、改めて調べて見るとネットや書籍に山ほどの情報が出ていた。 読んでみて面白かったのは、久田将義著”「かわいげ」は人生を切りひらく最強の武器になる” だ。 「かわいげ」のあるタイプは、毒を吐いても憎めないビートたけしや石原慎太郎、等。 その逆のタイプは、堀江貴文、小泉進次郎といった、私から見ると「自称完璧」な、ちょっとイタイ方々が「かわいげ」のないサンプルとして挙げられていた。 その他、ネットのコラム等でも、この得体の知れない「かわいげ」の影響力や活用方法が簡単に見つかるので、実力外で出世するという下心のある人は確認要だ。 他者の分析や研究はともかく、以下に自分なりの「かわいげ」のある人を定義してみる。

・相手の存在や意見を否定せず尊重する人
・どんな言動もなんとなく許せてしまう人
・そばに居て嫌な感じがしない、むしろ居てくれると気が楽になる人
・感動や感謝を表わすことを厭わない人
・自身の弱さを隠さない人
・「見栄」と「矜持」の違いを自然に理解している人
・メタ認知能力があり、気配りが出来る人
・他者にマウントをとることは恥ずかしいと認識している人、等々

今まで、意識して「かわいげ」の要素をリストアップしたことはなかったが、改めてこうして挙げてみると「かわいげ」とは、育ちの良さや先天的な性格というよりは、 計算された表現能力のような気もしてきた。 単なる「気の良い兄ちゃん」では100点満点ではなく、強かな計算と判断と表現能力の総和が「かわいげ」を感じさせるのかも知れない。 そう考えると、「かわいげ」というフワッとした言葉の本質を看破していた先のインタビューの著名人の慧眼に脱帽せざるを得ない。


では、自分はどうだろう? 朧げながら若いうちから「かわいげ」の効用を知り、心の片隅では意識していたつもりだが、実践出来ていたかは他者の評価なので分からない。 まあ、「かわいげ」のない奴との評価であっても、今更改心して「かわいげ」で世渡りをやり直すような年齢でもない。 せめて、ホリエモンさんや進次郎さんのような、有り難き反面教師達を参考にして、「かわいげ」のない態度だけは改めるようにはしたいと思っている。


冒頭の元顧客のマネージャに話を戻そう。 「かわいげ」という武器を自然に駆使した結果か、ビジネス的には恵まれたスタートのようだ。 今後、自身のビジネスをどう切り開いて行くのか、当初の計画と現実とのギャップをどう折り合いをつけて行くのか、 ステークホルダー達を満足させられるのか、支援者有志達との関係性は保てるのか、等々。 彼の持つ「専門性」は私には分からないので、「かわいげ」という観点からのみ、密かにウォッチしてみたいと思う。 もちろん私も協力できる分野では支援を惜しまないつもりだ。 今までお客様としてお世話になった義理もあるし、それ以上に、彼の「かわいげ」に拐かされてしまった一人として(笑)。


(№113. 起業と「かわいげ」の相関図 おわり)


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